返却願い
あの膨大な本が散在していた書庫の整理もほぼ終了間近。
はかどりは作業の手を早めさせ、終わりが見えたことによって作業をより集中させ、昨夜も夜晩くまで3人がかりでの書庫の整理だった。
そんな、少し眠気の残る朝、図書館に一本の電話がかかってくる。
大田綾乃と名乗った女性は、生気の失せた、かすれた声だった。
「15年前に寄贈した本をお返し願いたいのですが…」
マニュアルに載っていたとおり、一通りの手続きを踏む必要があることを促すと大田綾乃の語気は強くなった。
「すぐ返して頂かないと困るんです!!」
主人公が返答に迷っていると大田綾乃は再び静かな声で言った。
「私…、癌なんです」
綾乃は更に語る。
15年前、綾乃が訳あって寄贈した本がこの野々宮図書館に存在するらしい。
その本を、この余命幾許もないと分かった今、自分の娘に形見として託したい。
本の題名は失念してしまったが、元々知り合いの教授、山上という人が持っていたものと聞いている。
もう時間が無い…綾乃の訴えに主人公は本の捜索を約束した。
立て続けの電話
綾乃の電話を切ると、田所とパートナーが談話室に現れる。
事情を話すと仕事の早い田所は、早速15年前の寄贈を記す蔵書録を持ってきた。
すると、けたたましく電話が鳴る。
電話に出ると、とてもせっかちそうな中年の男の声。
男は天和製薬の米川と名乗った。
「そちらにある山上教授の持ち物だった本をすぐに返してくれ」と、矢継ぎ早にまくし立てる。
手続きを踏んでもらうよう促すと、実は本の所有権は天和製薬にあり、何の手違いか野々宮図書館に寄贈されてしまったとのこと。
探し出すのに15年もかかってしまったという。
本のタイトルを聞いても分からない。
分かっていること言えば、山上教授が所有していた医学書であるという。
米川は言うだけ言うと電話を切ってしまった。
15年前に寄贈された本。
大田綾乃も米川も、同じ山上教授が持っていたとされる本を探している。
そして、二人とも本の題名すら知らない…。
そして、お約束の3度目の電話。
思ったとおり、それは“山上教授の本”について訊く電話だった。
本を野々宮図書館に預けた人で、本のタイトルが神経解剖学大全であることを知っていた。
一通りの手続きについてを伝えて、電話を切った。
今日、立て続けにかかってきた電話の主、内容を精査した上で、直接本人たちに会って話を聞くことにしようと田所が提案する。
本をめぐる当事者たちに電話をかけ、明日の午後1時、この洋館に集まってもらうことにした。
不可解な謎を孕みつつ、準備は整った。
…ただひとつ、肝心の本が見つからないという誤算を除いて…
役者は揃った
電話の順番どおりに所有権を主張する者たちは館に集まった。
ただし、大田綾乃の病状が芳しくなく、娘の遥が代理で現れた。
3者の主張はそれぞれあり、おぼろ気ではあるものの本の様相も分かるようになった。
ただし、本は依然見つかっていない。
天和製薬の社長、東も黒塗りのリムジンを館に乗りつけてくる。
3者4名、それぞれのグループに分かれて、書庫の一斉捜索を開始する。
朝を向かえなかった者
夜が更けるまで捜索したが、結局本は見つからなかった。
誰に問うても諦める気配は無く、翌朝、再び捜索を開始するという約束をして、ひとまず館の空いている部屋に泊まってもらうことにする。
そして深夜。第一の犠牲者が出る。