朝靄のかかる<帝国・帝都>――。
深く立ち込める靄が、辺りの風景を白く霞ませ、まるで凍れる町のように見せている。
まもなくフェリクスの視界に、六頭立ての黒塗りの馬車が入ってきた。
フェリクスは傍らに佇む<皇女>を支えるようにして歩かせ、自らも馬車へ乗り込んだ。
「くっ……」
隣に座らせた<皇女>が身を折り曲げた。
長く垂らしたヴェールの影で、苦しげに息を継いでいる。
「大丈夫ですか?」
「……」
フェリクスが<皇女>の顔を覗き込む。
<皇女>は呼吸すること自体が苦痛なように、息を吸うたびに身をねじり、肩を震わせた。
包帯を巻いた手が痛みに耐えるように、座席の敷き布を引き裂かんばかりに握り締める。
<皇女>の背をさすり、脈をはかりながら、フェリクスは顔を曇らせた。
(無理やりあの機械から切り離されたからなのか……?)
フェリクスが窓の外に霞む<帝国城>を見やると、朝霧の中からふたつの影が近づいてきた。
メリーとシェリーの姉妹であった。ふたりは思い詰めた様子でフェリクスを見つめた。
「フェリクス様……。姫様をお連れするのでしょう? 私たちもお供させてください!」
すると馬車の奥で身を横たえていた<皇女>がそっと首を振った。
「私は、ふたりから姉を奪いました。これ以上、奪うことは出来ません……。
大丈夫です。魔力を得てから、器が安定するまで……、時間が……。
あと……数日もすれば、この身体の継ぎ目も滑らかに……」
(ローズマリーのことを言っている。
<皇女>の言うとおりだ。これ以上、誰かを巻き込むわけにはいかない)
フェリクスは<皇女>に同意のうなずきを送り、姉妹に首を振った。
「これは<帝国・皇帝陛下>が認めた、<法王庁>の<使命>です。
大丈夫です。<皇女>のことは私が守ります」
「フェリクス様……」
姉妹たちがフェリクスに手を差し出し、握手を求めた。
フェリクスが手を出すと、ふたりはフェリクスの手を両手で包み込むようにして強く握った。
姉妹の手が名残惜しそうに、躊躇いがちに離れていく。フェリクスは御者へと声を張った。
「<法王庁・聖都>へ――!」
鞭がしなる音がして、馬がいななく。
風景が流れ始める。窓から顔を出し、<帝都>を振り返れば、姉妹は力強く手を振っていた。
「フェリクス様! 姫を頼みます! そして、必ず、お戻りください!
私たちは、いつまでも、いつまでもお待ちしております!」
互いを支えあうようにして泣き崩れるそのふたりの姿も、やがて白い靄にかき消された。
フェリクスと<帝国・皇女>を乗せた黒い馬車は、雲の中を突き進む一陣の風のように、
立ち込める靄を切り裂き、力強く馳せていった。
§ § §
<帝都>から数時間ばかり西に行くとのどかな田園地帯が広がる。
そこを抜け、寂しい山林へ入った頃だった。
馬たちが何かに驚いたように突然いななき、足取りを乱した。馬車が揺れ、がくりと停止する。
「どうしたのです!」
窓から顔を出して見ると、御者の男が真っ青な顔で逃げ出していくところだった。
「ひいっ! お、お助けを!」
御者台から這うようにして転げ降りた御者の背後から、ゆっくりと何者かが歩み出てくる。
林から差し込む薄い木漏れ日が、その者の白くのっぺりとした無機質な顔を照らし出した。
歩み出たのは白い仮面で顔を覆った長身の男――。
「イアン……。どうして貴方がここに……」
「同行することにした。
<法王庁・帝都>までは長旅になる。
重要な<任務>を持った貴公が、<聖都>に着けなくては困るだろう。
馬車は俺が駆る」
「勝手に決めないでください!
いったい誰からの――、なんのための指示だというのです!?
<帝国>ですか? <法王庁>ですか?」
「……」
「イアンシル。私は、あなたを信じることは出来ない!」
強く放たれたフェリクスの声は、いつもより一段と低かった。
フェリクスは、いつでも馬車を捨て逃げ出せるよう、<皇女>を背に庇うようにしていた。
一方イアンは、いつでも剣を抜けるよう、利き腕と魔法剣をマントの陰に隠していた。
<法王庁>と<帝国>と――。
フェリクスとイアンの間。馬車の扉を挟んだ、ほんの数歩のその距離の間で、
ふたつの世界が激しくせめぎあう。
冷たい風が林を渡り、木々をざわめかせた。
ふわりと膨らんだマントの影からイアンが、そっと利き腕を差し出した。
鞘に収まった魔法剣が、無言のままフェリクスへと差し出される。
「!?」
躊躇うフェリクスの髪を、ざわりと冷たい風が撫でつける。
風に舞い散る木の葉の中に混じって、ぽつりとイアンの言葉が落ちてきた。
「ひとつ、懺悔を聞いてくれるか、<熾天司教>――」
「……いいでしょう」
魔法剣を受け取り、フェリクスは小さくうなずいた。
「以前に話したように、俺は<連合>の士官だった。
敗戦時、<連合>の主導者たちが、その領地を<神々>に捧げた時――。
俺たちはまだ、<帝国軍>との戦闘のただ中にあった。
俺たち前線の兵士は、見捨てられた」
「そんなことはありません。
<教皇様>は、<講和条約>の席でも<連合>には罪はないと公言しています」
冷静に指摘するフェリクスへ、白い仮面が振り返った。
「だからだ!」
イアンの感情的な声。その鋭さに驚いたのか、上空で鳥が飛び立つ気配があった。
細い悲しげな鳥たちの鳴き声が、空へ吸い込まれていく。
「<連合>には罪がない――。
その裏には、<帝国>に牙を剥いたのは、一部の軍人たちとの認識がある。
すべては<連合・軍部>の責任。
<連合>の主導者たちのそんな言い逃れを、<法王庁>は手放しで受け入れた。
<法王庁>のその無責任な寛大さが、俺の仲間を何人も処刑台に送った!
フェリクス。おまえの知っているのは所詮、<法王庁>に都合のいい歴史。
勝者のために捻じ曲げられた、偽りの歴史に過ぎん!」
「……!」
叩きつけるようにして言い切られて、フェリクスは身震いした。
目の前にいる男は、あの大戦を体感してきた<連合>の兵士なのである。
「<連合>に見放され、<帝国・捕虜>となった時……。
生き残るため、俺が選べる道はただひとつ。
<皇帝陛下>の忠実なるしもべとなり、<法王庁>に潜り込むことだけだった。
<法王庁>の信頼を勝ち取るため、俺は二重スパイの提案をした。
<法王庁>の馬鹿司祭どもは簡単に乗ってきたよ。
俺は<法王庁>と<帝国>を自由に行き来できるようになった。
おかげで、実に色々なものが見れた」
「イアン、あなたは……」
あなたはいったい何を知っているのです――?
そう尋ねたい気持ちを、何かが引き留めていた。心の中で、何かが軋むような悲鳴をあげている。
「俺には、身重の妻がいた。
終戦後、俺の故郷は<法王庁>に併合され<新教区>になっていた。
俺は、<法王庁>にゆるぎない地位を築くとすぐに彼女を探した。
彼女と子供の無事を確認すれば、それだけで満足だった。
二重スパイの俺に、家族など守れんだろうからな。
……彼女は、俺の子を身篭っていたことで相当苦労したらしい。
生まれてくる子供は、<連合・軍人>の子。
彼女は、我が子を守りきれぬと、自ら命を絶ってしまっていた――」
「そんな……。<法王庁>は――、助けてくれなかったのですか!?」
フェリクスの声が驚きに震えていた。
「……」
イアンは沈黙をもって答えた。太陽が陰っていく。強さを増した風にざわざわと木々が鳴る。
淡々としたイアンの声が、ひどく遠くで響いているように感じられた。
「親同士が家柄だけで決めた結婚で、正直、愛を感じたことはない。
だから彼女にはよすがにする思い出もなく、俺への愛情もなかったろう。
だがそれでいいと思っていた。
俺のことなど忘れて、子供とふたり、新しい人生を生きているものと思っていた。
<法王庁>とて、民間人にまで冷酷ではない。
誰かが――。思いやりのある誰かが。
彼女たちに手を差し伸べてくれるだろう。俺は、そう思い込んでいたんだ……」
イアンの拳がうなりを上げ、大木を殴りつけた。
振り下ろされた拳の震動に、ぱっと木の葉が舞い散っていく。
硬く握り締めたイアンの指の間から、赤々とした血がしたたっていた。
「何故、俺は、いもしない他人を頼ったのか――!
何故、俺は、彼女のために何もしてやらなかったのか――!
愛してやればよかったのだ! 嘘でも――!
俺が――!
俺の愛の弱さが! 俺の思いやりのなさが! 彼女を死においやった!
それが、俺の、拭えぬ罪だ!」
重い鉛でも吐き出すように、イアンは叫んでいた。
「<法王庁>と<帝国>と……。
今を生きる者たちは、世界はふたつあると教えられている」
白い仮面を取り、イアンはフェリクスへと振り返っていた。
薄い空色の瞳が、熱を帯びたように爛々と輝いていた。
「だがな、フェリクス。
世界はふたつなんかじゃない。世界は、ひとつだ!
己の手に落ちている世界――それが全てだ!
その手の届かない遠くを見つめるな!
<教皇>の言う<使命>なんぞに縛られる必要はない。
まして、<皇女>や<皇帝>の言葉なんぞに、尽くしてやる義理もない。
お前も、俺のように<法王庁>と<帝国>を利用して、我が道を行け!
それが生き残った者の、せめてもの<つぐない>!
そうは思わないか!?」
「イアン……」
「今、お前の手には<古代兵器>がある。これを手に、どこへ向かうのか?
それは<法王庁>や<帝国>に決めさせるべきではない!
今、どこへ向かうべきか? 今、何をすべきか?
それは、お前が決めるべきではないのか――?
そうだろう、フェリクス!」
血を吐くような叫び。それは、イアンの心からの声だった。痛みを伴う叫び声だった。
その声を聞き、フェリクスの心もまた鋭い痛みを感じている。
世界をどこに向かって進めるか。それを決めるのは、ほんの一握りの選ばれた者たちだけだ。
その影で簡単に失われていく命がある。多くの者は世界の進む道に、なんの力も持っていない。
抗おうとすら思いつかぬまま巻き込まれ、流され、何もかも奪われて、放り出されてしまうのだ。
「イアン、君は……。
君はそのこと私に伝えるために、<帝国・皇帝>を裏切ってきたのですか?」
「裏切るもなにも、元より、魂まで捧げてはいない。
<連合・士官>の俺にとって、<帝国>は<法王庁>よりはマシ。
<皇帝陛下>は、顔も知らぬ<教皇>よりは話がつけやすい。
ただそれだけだ」
フェリクスはうなずいた。薄い空色に輝く、イアンの瞳を見つめ返す。
「それでイアン、ふたつの世界を見てきた君の意見は?」
「俺は<法王庁>を信じられん。連中も<皇帝陛下>と同じ、支配欲の塊にすぎん。
<連合・領土>を手土産として持ってきた<連合>の主導者たちを、
諸手を挙げて迎え入れた連中だからな。
<皇女>が<古代兵器>だと知れば、何をするかわかったものではない。
<皇女>の身柄は、<法王庁>も<帝国>も手が出せぬ安全な場所へ隠した方がいい。
海を越え、大陸へ渡るのがもっとも安全だ」
「いいえ!」
それまで苦しげに息を継ぎ、馬車の奥で横たわっていた<皇女>が身を乗り出した。
「私を<法王庁・教皇>の元へ差し出してください。
できないと言うのなら、ここで捨ててください。
あなた方に危害が及ばぬよう、手配もしましょう!
ですから……!」
<皇女>はドレスのス裾を握り締め、馬車を降りんばかりの勢いであった。
そのただならぬ様子に、フェリクスは眉を寄せた。
「しかし、<法王庁>への亡命というのは、嘘なのでしょう?」
「真実を語っても、あなた方は私を信じられないのではありませんか?」
フェリクスの顔を<皇女>は見つめている。ヴェール越しに、銀色の瞳が星のように煌く。
「それは……」
「残念だが、その通りだ」
言い淀むフェリクスに代わり、イアンが応じた。
「俺はあなたが、あなたの意志ではなく、<皇帝陛下>の意志で動いていると思っている。
作られたあなたが、創造主の意思に逆らえるとは到底思えん」
「残念ですが……。その誤解を解く手段は、私にはありません……」
「……俺は<皇帝陛下>や<皇女>の言うとおりに動くのには反対だ。
フェリクス、今のお前の考えは?」
イアンに問われ、フェリクスはうなずいた。
「私は連れて行くつもりです。<皇女>を、<皇女>が望む場所へ」
クッションに爪を立て痛みに耐えている<皇女>を見つめ、フェリクスが言う。
すると<皇女>が、何かに気づいたように、さっとフェリクスの顔を見上げた。
「警戒してるのですね、私の力を……。
そうでしたね。あなたに対しては、その手がありましたね。
私に蓄えられたこの魔力を解放すれば、
あなたの故郷の村のように、行く先々の町々を消滅させることも可能です。
フェリクス様……。
あなたのご協力は得られるものと……そう、思ってよろしいですね?」
白い光に焼き尽くされる家々。抉り取られる大地。一瞬で失われる故郷――。
フェリクスの顔からさっと血の気が引いた。
まるで目の前にその光景があるかのように、フェリクスの瞳が大きく見開かれる。
蒼白となったフェリクスを覆い隠すように、赤いマントが広がっていった。
素早く馬車の戸を開け放ち、イアンが身を乗り出していた。
同時に一線が煌いて、横たわる<皇女>の喉元に、魔法剣の切っ先が向けられる。
「その前に殺す……!」
「できはしません……」
「女子供を斬れん男に見えるか?」
「<陛下>に作られた私を、人間に過ぎぬあなたが倒せるとでも?」
「もとの肉片に戻るまで斬り刻んでやろうか!」
イアンが吐き捨て、僅かに剣を突き出した。
薄いヴェールが細い音を立て斬り裂かれた。<皇女>の白い顔が露になる。
「いいか、フェリクス!
<皇帝陛下>が離れていても<皇女>を操れるのだとしたら――。
俺たちは、恐ろしく強力な時限爆弾を<法王庁>に運び込むことになる。
世界大戦のきっかけを作るなど、俺はごめんだ!」
「そんなことのために、<陛下>が動いておられるとお思いなのですか!?
あなたは、<陛下>のお側にお仕えしながら、いったい何を見ておられたのです!」
「やめてください、ふたりとも!」
フェリクスは、魔法剣を突き出すイアンの腕を抑えた。
「私も、<皇女>を信じきれない。<法王庁>も<皇帝>もです!」
「では、何故、こんな化け物の言うことを!」
「私は、<皇女>が生まれてきた理由を、知りたいのです!」
フェリクスの一声にイアンは魔法剣を下げた。ゆっくりと視線をめぐらせ<皇女>を見据える。
「なるほど――。
確かに、<皇女>さえ作られねば、お前の故郷も<七つ村>も、
その他、多くの村や町も滅びることはなかったろう。
何故なんだ? 何故、あなたは生まれてきた?
嘘でもいい、答えてみてくれないか?」
僅かな表情の変化も見逃すまいと、空色の瞳は瞬きもせず<皇女>を見据えている。
イアンの鋭い視線を浴び、<皇女>の薄い桜色の唇が、ゆっくりと開かれた。
「それは……、私が、――と、戦うために……」
イアンに顔を向けていた<皇女>の頭が、突然、支えを失ったようにがくりと揺れた。
まるで大きな力で押さえつけられているように、<皇女>の身がシートに沈み込んでいく。
<皇女>はあがき、手を伸ばした。
苦しげに宙を切る包帯を巻いたその指先が、残されたヴェールを引き裂いていく。
「私は……、――と……。た……たかう……、た……め……!」
<皇女>の震える唇は、必死に<なにか>を伝えようとする。
だが、その<なにか>を口にした途端、搾り出した声は細くなり、<皇女>の息は止まった。
胸を激しく上下させ、懸命に息を吸い込もうとする。
イアンが見ていられないというように、眉をひそめ顔を背けた。
「やはり、<なにか>と戦うために作られたらしいな」
横になった<皇女>が、震える手をシートに突き、無理やり身を起こそうとした。
裂けたヴェールの合間で、<皇女>のその真っ白な顔がイアンを見上げる。
「私は、それを知らねばならないのです。
全ての要素を知った上で、<陛下>に先んじて、最良の行動を起こす必要があるのです。
しかし、そのためには、あまりにも重大な情報が欠けています。
<法王庁・教皇ヨナタ二世>が、そうさせてしまっているのです。
私は、どんな犠牲を払っても、あのお方にお会いして真実を知らねばなりません!」
「何故なのです?」
「――世界のためです」
問いかけたフェリクスに、<皇女>は震える声で答えた。
「――世界のために。私の、この身は、捧げられているのです。
信じる信じないはあなたの勝手ですが、
私のこの身だけの問題なら、私はけして――、
そう――、けして<陛下>を、裏切ろうとは思わなかったでしょう!」
それは、あの時と同じ言葉だった。地下水路でイアンに向け放った言葉と。
あの時と同じ言葉を同じ情熱で繰り返すと、<皇女>は糸が切れた操り人形のように、
再び座席に崩れ落ちた。
フェリクスは、<皇女>の震える背を手で支え、呼吸を整えさせた。
低い呻き声を上げ、苦しみに耐える<皇女>を見つめ、フェリクスの心は沈んだ。
(やはり……、操られているのか……)
「どうする?」
イアンが低い声でフェリクスの意志を仰ぐ。フェリクスは重い口を開いた。
「私は……<皇帝>の言葉が気になっているのです。
<皇帝>は、<皇女>を作ったのは<法王庁>と戦うためではないと言いました。
そして、<皇女>の身柄は、<福音書>の正確な写しと交換だとも」
イアンも思い起こしていた。そうまでして<法王庁>と戦いたいのか――。
そうフェリクスが尋ねた時、<帝国・皇帝>が見せた<法王庁>への強い軽蔑を。
「確かに、あれは、あのお方が敵へ向ける顔ではない――」
「<皇帝>が、<福音書>に執着しているのは真実ではないかと思います。
だとすれば、私が<水晶>に<福音書>の記憶を焼き付けない限り、
<福音書>のある<法王庁・聖都>の安全は守られるはずです」
そこから先の言葉を、フェリクスは<皇女>に向かって放った。
「<教皇様>とお会いし、あなたが知りたがっている事柄を尋ねれば、
<皇帝>の思惑が理解できるでしょう。
<皇帝>の思惑を知れば、あなたが口にすることが出来ないでいる、
あなたが生まれた本当の理由もおのずとわかる……。
それに、あなたとは、<約束>を交わしています。
あなたの自由と身の安全とは、私が守ると――。
その言葉は信じていただいて結構です」
自分を真っ直ぐに見つめる青年の優しげな目元に、<皇女>は僅かに顔を曇らせていた。
「何故、私を守ろうとするのです……。私はあなたの……」
「イアン、馬車を頼んでもいいでしょうか?」
<皇女>の言葉の先をさえぎるように、フェリクスが強い口調で言った。
その様子を観察し、イアンは軽くうなずいて、御者台へと向かった。
「わかった。フェリクス、おまえの決断に従うとしよう」
イアンがたてがみを撫で声をかけると、馬たちは力強くいなないた。
馬車は再び走り出す。前方に見える山々の頂には、もう白い雪が降り積もっていた。