LUX-PAIN_webnovel
ルクス・ペイン(聖なる痛み) サイレント・シティ 【ラップ オン ザ ドア】 トワイライト スタンド・バイ・ミー
 
トワイライト  
 

その日、野崎ミカは、真っ赤な夕日を眺めていた時、
激しい虚無感のようなものに襲われたのを覚えている。


野崎ミカは、学校の創立記念日を利用して、久しぶりにY市の
デパートに行ってお気に入りの服を買った帰りだった。


帰宅する人々で混雑した電車の中、彼女は何を考えるでもなく、
ぼんやりと窓の外の風景を眺めていた。
ちょうど海に流れ込む天龍川の鉄橋を渡った時だった。
堤防下の普段と変わらない街並みが、黄昏時の夕日に赤く染まっていた。


そこには人々の変わらぬ日常が流れている。
だがなぜかその時突然、彼女は深い不安と憂鬱に襲われたのだ。
何もかもが色褪せ、楽しい思い出や輝く未来など、
実はどこにも無かったんだという奇妙な感覚。
それは確信めいた思いで、彼女の心を急速に蝕んでいった。


実は自分もここに居る人々も全員死んでいて、
真っ暗な土の中で終わり無き幻を永遠に見続けている。
そんな恐ろしい思いに囚われた。


理由はわからない。
夕日の色合いが妙に気味悪く、見たことのない赤色をしていた。
見慣れた如月市の街並みが、薄っすらと朱色に染まり、
何か別世界の光景のような、よそよそしさを感じた。
車内の人々の顔が、無表情な命の通わない人形みたいだった。
今から思い出しても、そんなことが原因でないのはわかっている。
だがあの苦しみは現実のものだった。


気分が悪くなった彼女は、今にも吐きそうな思いを必死で堪えた。
今まで、こんな不安に襲われたことなどない。
彼女は精神的に極めて健康で、付き合った彼氏との仲がどうだとか、
家族が自分の事をわかってくれない、などといった彼女の年頃特有の
トラブルなども無い。
どちらかと言うと、物事を深く考えないタイプで、
両親からもその能天気さをバカにされるほどだ。


彼女は手が痛くなるぐらい吊革を強く握り締めた。
早く帰りたい。
帰って誰かに話したい。
自分がどうかしているのはわかっている。
だけど今必要なのは、誰かに「バカね気のせいよ、
風邪でもひいたんじゃない?」と優しく言ってもらうことだ。
そうすれば、すべてが元に戻る気がする。


いったい、どれぐらい経っただろう。
時間感覚は完全に失せていた。
車内のアナウンスが『如月』を告げた。
電車の扉が開いた。
彼女は人を掻き分けるようにして降りていった。


結局家に帰っても、彼女は自分の身に起こったことを誰にも話さなかった。
まだ頭痛と吐き気が残っていたにも関わらず、
心配げな表情を浮かべる母には、風邪気味だと言って、ベッドに直行した。


なぜなら、心の奥底のどこかで私はわかっていた。
目に見えるものが決して本当ではない。
私達が生きていることでさえ奇跡的なことだと。
そしてこの世界が、信じられないほど死と闇で満ちていることを。


結局それは正しかった。
西条アツキが転校してきて、彼のまわりで起こった不気味な事件を境に
私達は、二度と無邪気な気持ちで世界を見ることができなくなったからだ。



                                end.