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ルクス・ペイン(聖なる痛み) サイレント・シティ 【ラップ オン ザ ドア】 トワイライト スタンド・バイ・ミー
 
スタンド・バイ・ミー  
 

夕暮れ時、定期パトロールに向かうため、山瀬ユイは署を出た。


駐車場を横切っていく彼女は、真っ赤な夕日に染まる
美しい風景の中にいた。
しかし、いまのユイは風景に心を奪われている余裕はなかった。
なぜなら自分が担当している地区で、最近不気味な事件が
立て続けに起こっているからだ。


それはノラ犬やノラ猫が殺されるといった事件だった。
しかもここ1ヶ月の間で3件も起こっている。
どれも手足を切断するといった残虐な殺し方だった。
署では過去の事例から、被害が動物に留まらない可能性があると判断し、
先日警戒態勢を3から4に上げることを決定した。
たしかにサイコの影が見え隠れする。
だが心配はそれだけでなかった。


ここ数日、ユイは何か言い知れぬ不安を感じていた。
漠然としたものだが、重苦しい不安がユイの心を侵食していっていた。
決壊する寸前のダムの前で、それと知らずにのん気に遊んでいる子供のように、
何か重要なことを忘れているような気がするのだ。


「ユイ、ちょっと待ってよ!」


パトカーに乗り込もうとしたユイに、
同僚の安藤マコが声をかけてきた。


最近少し太り気味だとボヤく身体を揺すりながら、
安藤マコが走ってきた。
「なんで声をかけてくれないのさ……」
安藤マコは息を切らしていた。
「ごめんごめん、ちょっと考え事していたの」
「もーう。なによ考え事って? 事件のこと?」
「うーん、それもあるけど……。
ねえマコ、なんか最近奇妙な感じがしない。
なんて言うかさ嫌な予感みたいな……」
「嫌な予感? そうね…、警戒態勢がひとつ上がったじゃない。
だから、仕事がつらくなりそうな気配がプンプンするくらいかな」
「そっかぁ、マコは何も感じてないのか…」
「なによそれー。それって私がドンカンって意味?」
安藤マコはそう言って、頬を膨らませた。
可愛い仕草だとユイは思った。


思わず笑ってしまい、不安な気持ちはどこかへと消えていった。
「あー、やっぱりそうだ。ドンカンって言いたいんだ」
ユイは微笑みながら答えた。
「違う違う、私が最近ちょっと神経質になりすぎてるだけってこと」
「なるほどそうよね、だってユイってば普段から頑張りすぎなのに、
ここにきて警戒態勢強化じゃ、なかなか気持ちも休まらないわよね」
そう言ってから安藤マコは、ユイの背中をポンと叩いた。


「よーし、それじゃ今日はこのマコさんが、とびっきり美味しい
イタ飯屋に連れていってあげるとしよう。
ピザがすっごく美味しいんだよ、絶対元気になること間違いなし!」
「えー、ホント? 私、ピザ大好き! ねえねえマコ、それってどこの店?」
「それはヒ・ミ・ツ。行ってからのお楽しみ! さあパトロール開始!!」
「了解、マコ隊長!」


ユイは改めて安藤マコに知り合ったことに感謝した。
如月署に赴任してからというもの、彼女の人柄にどれだけ
助けられたかわからない。
一生のうちで本当の友人に知り合う機会は、
いったいどれぐらいあるだろう。
1人? それとも2人?
自分は確かに1人と出会った。
たぶん私達は、誰か夫となる者と出会い、
結婚し家庭を持つだろう。
そして可愛い赤ちゃんを抱きながら、旦那の悪口を
喫茶店なんかで笑いながら言い合うんだ。
どこにでもあるけど、大切な心温まる風景。
ユイはこの関係が永久に続いて欲しいと、心から思った。


しかし決してそれは訪れることはない。
なぜなら私達2人には、永久に楽しい夕食の時は訪れなかったし、
安藤マコは26歳という若さで、
頭のネジが狂った者の凶刃によって命を落としたのだから。


そう、あれからだ、自分の中で何かが変わっていったのは……。



                                end.