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「……死ぬ前にお前は何を見た?」 無残に殺されたパートナーの骸を前にして、リュウ・イーはそう呟いた。 雑木林に差し込んだ月光が、四肢を妙な方向に捻じれさせ地面に横たわる 死体を、青白く照らし出している。 当局の指令で如月街に潜入して3ヶ月、上海事件のオリジナル感染者を追って いたが、最悪な結末で終わった。 調査は一向に進まず、いかなる痕跡も見つけることができずにイライラしていた、 ちょうどそんな時に起こった出来事だった。 『蜘蛛の巣を知っているだろ? この街の印象がそれだ』 二日前、ジンはそう言っていた。 『一見、どこにでもあるような地方都市に見える。犯罪の質も他の地方都市と 変わらない。しかし感じるんだ。雑踏の中や街角の暗闇の中に、そいつの影が 見つめている。まるで俺達が張り巡らされた罠にかかるのを、薄笑いを浮かべ、 じっと眺めているような、そんな感じがしてならない……』 『ふん、まるで幽霊を怖がる子供のセリフだな。それならなぜ残留思念ですら そいつは痕跡を残さない? これまでの3ヶ月に渡る我々の調査で何が見つ かった? 上海事件の犯人の思念の中に、この街との関連を匂わせるものが あったということだが、本部のミスリードということも充分考えられる』 『いや……。そうなんだ…だけど違う…違うんだ……』 ジンは言葉を止め、頭を何度も振った。 『なにも無い。思念の痕跡がまったく無いこと自体おかしいんだ……』 ジン・クロフォード。人の心の中に入り込み、その思念を読み取る能力者だ。 ルクス・ペインの適合者ではないが、いわゆる世の中で超能力と呼ばれる 特殊な力をもった人物であり、サイレントの痕跡をサーチすることにかけては 適合者に引けを取らない。 そして何よりも沈着冷静で論理的な男だった。 だからリュウ・イーは、彼とチームを組むことを好んだ。 『上海事件の犯人は、この街を訪れていた。その記憶が作られたもので無い 限り、住民の中で誰一人として覚えていないなど有り得ない。だけど今までの 調査では、誰一人として彼のことを覚えている者は居ないんだ』 あんなに取り乱したジンを見たことがない。 息絶えたパートナーの死体を眺めながら、リュウ・イーが導き出した結論は、 ジンが感じていたものが真実だと言うことだ。 彼の死がそれを証明している。 そして彼は、思念の痕跡を手に入れていた。 ただそれがあまりにも微小すぎて、感知というレベルには達していなかった。 深淵からの囁き声……。 不意に脳裏によぎった言葉がそれだった。 リュウ・イーは携帯端末を取り出した。 携帯のモニターにブロンドの美少女が映し出された。 ノーラ・デーベライナー、この事件を担当しているスタッフの一人だ。 「ジンが殺された。たぶん奴は何か手がかりを見つけ、ターゲットにそれを 知られたのだろう。俺はこのままこの街に残る」 「ジンが殺された? どういうこと!?」 「上海事件のオリジナル・クラスの者が、この街に居るということだろう。 そうでないとジンが殺されるようなことは無いからな」 冷静だが人を小馬鹿にしたようなリュウ・イーの口調に、ノーラは少しムッと した態度で答えた。 「それなら、こっちでもう一度今回の事件を調査し直すわ。 ジンが殺されたならなおさらよ。後任の人選も慎重にしなければならないし、 なによりも彼の死体を急いでピークスに……」 「奴をよこしてくれ」 リュウ・イーは、彼女の言葉を無視して言った。 「西条アツキを送って欲しい。他の者をいくら送っても結果は同じだ。 なぜなら今度の相手は……」 リュウ・イーは言葉を止めた。 雑木林の向こうの灰色のマンション群に目をやった。 「今度の相手がどうしたって言うのよ……?」 闇の中に浮かび上がる灰色の建造物が、なぜかこの時、害意をもって こちらを眺めているように思えた。 気のせいに違いないが、言い知れない不安めいたものが、強酸のように 心を侵食してくるような錯覚に陥った。 「フッ、なるほど面白い……」 笑ったのは、あまりに馬鹿馬鹿しい思いにとらわれたからだ。 「何を笑っているのよ!?」 不機嫌なノーラの声は聞こえていたが、それに対して答える気はなかった。 なぜならリュウ・イーが言いたかったのは、あまりにも馬鹿げた言葉だった からである。街全体が感染している、もしそうだったら……。 いたるところにオリジナルの痕跡が存在するが、どこにも実体は存在しない、 ということになる。 「急いで、アツキを派遣して欲しい。それだけだ」 そう言って、リュウー・イーは一方的に通信を切った。 サイレント・シティ。 リュウ・イーは、闇に向かって、そう呟いた。 どちらにしても、今度の事件は、一筋縄ではいかないことは確かだろう。 |
end. |
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