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「……何これ嫌がらせ? 管理人に文句言ってやる!」 がらんとした店内に大倉ユウジの声だけが聞こえる。 ネットカフェ『YUZI』に入ると、いつものことながら店主の大倉ユウジが 仕事をほったらかしにしてネットに夢中になっていた。 そりゃあ、ネットカフェのオーナだからネットが好きなのもアリかもしれない。 だけどいつ来ても、遊んでいる姿を見ることの方が多いのだ。 客の居ない店内を見て、俺は思わず吹き出してしまった。 (すごいよな彼は。そんなこと気にしちゃいないもんな……) 多分、彼にとって世の中は、オモチャ箱みたいなものなんだろう。 地位や名誉、金なんて眼中に無い。毎日が日曜日だ。 きっと世界が破滅しても、彼だけは平気なように思える。 と言うよりも、気づかないに違いない。 根っからの楽天家、良く言えば、人生の楽しみ方を知っている人物。 まあそんな彼の性格が、俺は好きなんだが。 「あっ、鏡君!」 やっと、俺の存在に気づいてくれたようだ。 俺は軽く手を上げてそれに答えた。 「聞いてよ! ボクの書き込みがあまりにも削除されるからさ、 名前が悪いのかな? って思ってハンドルネームを変えようと思ったわけ」 人生でこれほどの悲劇は無い、という表情をしながら大倉ユウジは必死に、 俺に訴えかけていた。 「ふむふむ、それで」 「なのに”このメールアドレスでは登録できません”って表示されてさ〜!」 「アハハ、なるほど、そんなことか……」 「……え!? 何? 何? ボク面白いこと言ったりした?」 「いや、ユウジさん、以前と同じアドレスで登録しているんじゃない?」 「…………」 図星だ。 この人のことはリアクションを見ればすぐに分かる。 「な、なんでわかったの? 超能力っぽい力か何か?」 「アハハ、そんな大層な力があったら、今頃俺は大金持ちだよ。 答えは簡単さ、トップの注意事項を見ればわかるってこと」 「ん〜と、それじゃ、ハンドルネーム変えない方がいいのかな……?」 俺は苦笑いを浮かべた。 人の話も聞いていないし、それじゃ、って意味がよくわからない。 「まあ、それは好き好きってやつだと思うけど」 「そうだよね、ずっと昔から使っている名前だから愛着もあるし、 悲しむ人だっているかもしれないしね♪」 「……まあ、そういった可能性もゼロではないかな」 「あっ、そうだ! 鏡君、今日は何の用?」 目まぐるしく話題が次から次へと変わっていく。 「今日はお客としてじゃないんだ。ちょっと聞きたいことがあってね」 「ボクに聞きたいこと?」 俺は簡潔に、如月BBSのこと、そしてネット上から姿を消したとされる 『P』と『桃色』のことを言った。 「え? 本当に居なくなったの?」 「それがわかっていたら来てないってば……」 「う〜ん、それなら、ただ学校が忙しいとか、そういうのじゃないかな? だって、しばらくネットから姿消すっていうのも珍しくないし、 ネットに夢中になって親に叱られたというのも考えられるからさ」 「たぶん、そういった線で、最終的には落ち着くと俺も思うんだ。 ただ、ちょっと気になることがあってね……」 「きっとそうだよ。テストや塾なんかで、成績が悪かったから 親に怒られたりなんかして、パソを取り上げられたりしているんだよ。 限度って言うものを知らないからさ、最近の若い子って。 だからよくあるんだ、そんなことが」 なんか知らないうちに、井戸端会議のような展開になってきている。 無駄足になってしまう前に、ズバリ聞いてみることにした。 「ユウジさん、如月BBSやっていてさ、『P』と『桃色』のことで 何か気づいたことない?」 口を開こうとした彼を無視して、俺は矢継ぎ早に言葉を続けた。 そうしないと話が進まない。 「例えば、彼らが姿を消すような原因になる誰かの発言や、 何か計画みたいなものだけど、ユウジさんは言わば如月BBSの 主みたいな存在じゃない。だから何か知っているかな〜って思ってさ」 「う〜ん、ボクも彼らが何かに怯えていたのは知っているけど……。 それ以外に変わったところって特に無かったような……」 やっぱり知らないか。 だけど探偵業をやっていれば、そう簡単に手がかりを得られることなんて、 無いことは知っている。 だからそれほど落胆はなかった。 お礼を言って、店を出ようとした時、彼の口から驚くべき事実を告げられた。 「だってさ、聞いてよ〜。前に来た時も、いつもと変わらずボクの悪口を 書き込んでいたんだよ、悩みなんて無いんじゃないかな」 「へ? 悪口? 来た? どういうこと?」 『?』が俺の頭の中で一杯になる。 「そうだよ、ボクの店で、ボクの悪口を書き込むんだから信じられる?」 「えぇぇぇー!? この店に来ていたの!?」 「そうだよ。きっとボクが気づいてないと思っているんだ。 でもそんなの無理無理。『桃色』が、如月BBSに書き込んでいるのを、 こっそり後ろから見ていたんだからね!」 「ちょ、ちょっと待ってよユウジさん!! そんなことなら、なんでもっと早く言ってくれないかな!?」 彼は後ずさりした。 怯えるような顔で、こっちを見つめ返している。 いったい俺がなぜ怒っているのか、わからないのだ。 そのあまりにも彼らしい行動に、笑いが込み上がってきた。 きっと俺が『居なくなった理由』を探している、と言ったから、 それについて彼は考え、答えていただけなんだ。 まさに彼らしい。 笑いを押し殺している俺を見て、彼はさらに怯える表情に変わっていた。 「……いや、悪い悪い」 ほんと楽しい人だ。 * * * 『桃色』の本名は三杉ナオ。この街に住む中学2年生の女の子だ。 ネットカフェの会員登録書によると、7区の住宅街に住んでいる。 店を出た時には、七時を少し回ったところだった。 彼女の自宅に電話をしてみたが、誰も出なかったので、 俺は直接訪ねてみることにした。 目的は『桃色』、すなわち三杉ナオの存在を確認すること。 もし彼女がネットを休んでいるだけなら、依頼は半分解決となる。 サンタマリア教会の窓から漏れる光が、周囲を明るく照らしていた。 賛美歌が聞こえてきた。 空には煌々と満月が輝いている。 十月の澄んだ夜気が心地良く、昔行ったメキシコの街を思い出した。 俺は鼻歌を口ずさみながら歩いていた。 その異国的な雰囲気に、ふと、テキーラが飲みたくなったからだ。 帰りがけに4区のバーに寄ろう。 そこでレモンを、ぎゅ〜っと絞って、塩を片手にテキーラを飲むんだ。 つまみにはチョリソー、豚肉のソーセージ。 こんな夜は海を見ながら、酒を飲むに限る。 幸せの一時は、そんなもので充分。 そんなことを考えているうちに、目的地に辿り着いた。 三杉ナオの家は、教会から少し離れた住宅街の中にあった。 二階建ての一般的な木造住宅。 留守なのか、どの窓も真っ暗だった。 呼び鈴を鳴らした。 応答は無い。 誰も居ない部屋の中に、呼び鈴が不気味に響き渡るのが聞こえた。 もう一度、呼び鈴を鳴らした。 注意深く、耳を澄ましていると、突然背後から声がした。 「かくれんぼしているんだって」 文字通り、飛び上がるほど驚いた。 人の気配などまったく無かったからだ。 心臓が激しい勢いで脈打っている。 振り返ると、暗闇の中に4、5歳くらいの男の子が立っていた。 「かくれんぼをしているんだよ」 「……どういうこと?」 「ここのおじちゃんもおばちゃんも、お姉ちゃんもだ〜れも居ないんだ。 だって、かくれんぼしているんだもん」 男の子はそう言って、クスっと笑った。 |
To be continued
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